ディスカウント 岩田専太郎挿絵原画

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週刊大衆『女は大敵』第十回とパラフィン紙に記載あり(原画には記載なし)。昭和30年代のものと思われます。親族の方が保管していたものですが保管状態は良いとはいえません。裏面に破れありますが表に影響はありません。完美品ではありません。素人保管品ですので状態に不安不信のある方は購入をご遠慮下さい。丸めて折れないように発送します。18cm ✖️ 33cm (素人採寸)岩田専太郎【いわた せんたろう】1901年(明治34年)6月8日、東京市浅草区黒船町(現在の東京都台東区寿)に生まる。旧制尋常小学校卒業後、菊池契月、伊東深水に師事する。1919年(大正8年)、十代後半から『講談雑誌』(博文館)で挿絵を発表しはじめる。1923年(大正12年)9月1日の関東大震災で被災し、大阪に転居。中山太陽堂の経営する広告出版社プラトン社の専属画家となる。同年創刊の『女性』(小山内薫編集)、翌年創刊の『苦楽』(直木三十五、川口松太郎ら編集)で、永井荷風らの連載小説の挿絵を描く。岩田専太郎、志村立美と小林秀恒は、挿絵界の「三羽烏」。1926年(大正15年)には東京に戻り、同市滝野川区田端476番地(現在の北区田端)に転居する。この界隈は「田端文士村」と呼ばれた町で、すぐ後には隣に川口松太郎が引っ越してきている。同年『大阪毎日新聞』に吉川英治が連載した『鳴門秘帖』に挿絵を描いて評判を呼び、「モダン浮世絵」と呼ばれた。1937年(昭和12年)、映画監督山中貞雄の遺作となった四代目河原崎長十郎主演の映画『人情紙風船』(P.C.L.映画作品)の美術考証を手がけた縁で、1939年(昭和14年)、山中の遺した原案をもとに梶原金八が脚本を書き、河原崎が主演し、山中の助監督だった萩原遼が監督した映画『その前夜』(東宝映画京都撮影所作品)の美術考証を手がける。1945年(昭和20年)に陸軍報道部の命により日本画『神風特攻隊基地出発』を製作した。1954年(昭和39年)、表紙絵及び挿絵が評価され、第2回菊池寛賞を受賞。1974年(昭和49年)2月19日に死去。72歳だった。#岩田専太郎#さし絵#美人画

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